* 自分史 製造業系 ( 五十歳までのワシ。 鉄工所三十二年間の想ひ出 ) *
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第 2 章 * 久治良家の遺産相続戦争 5 / 5 < 久治良家に篭る、怨霊。 > * 我ら、運命と言うものを背負いて誕生す。 運命には健康も有れば才能も有る。はたまた 両親に資産が有るのか無いのかも馬鹿には出来ぬ。 興隆する家系に生まれたり、没落する家系に生まれたり、 とかく自由に成らぬのが、人生だ。 でもね上昇し切って運の良い家系の人、 一転して降下に移る場面。 そこには必ず、先行する何かが在る。 栄えとる家系の人。思い上がってはならん! 金持ち図に乗るなと、言うとるのだッ! つまらぬ因縁、打つでない。子孫が苦しむ。 * * * |
< ワシの母なる人。 生き方が下手。 > ワシは今、六十一歳である。 人生経験、大したこと無い。 だけど世間を見て、 だな。 面と向かい、悪口を言われたならば、反発するの、常識ではあるまいか? ワシの母。 これが無い。 言われっ放し。 横で見てると、顔に小便掛けられてるみたい。 余りなんで。 ワシが 口を挟む。 するとだ、 母、ワシを物凄い剣幕で叱る。 なのに、相手から嫌味たらたらは、どこ までも、どこまでも一方的に聞いている。 こう言う感覚の人、ワシ、他に見た事が無い。 面と向かい嫌味を受ければ、 反発して言い返すの、常識ではなかろか? なのに我が母、言われっ放し。 ある時は三時間くらい、聞くに堪えぬ罵詈雑言。 押し黙り、ひたすら聞いておる。 あの神経、今だに理解出来ぬ。 それじゃ我慢してるのか? と言うと、左に有らず。 そのあとヒステリーを 起す。 一週間ばかり食事を作らぬ。 ワシは子供心に、愛想が尽きた。 母なる人の下手な生き方に、愛想が尽きた。 * * * < 三郎叔父 ( 島隆三 ) との想い出。> ********************************************************************* ○ この部分が、後に書く 三郎叔父との口論の下地 ( したぢ ) である。 この下地が有ればこそ、あの様な口論とは、成ったのである。 そこを読み取って頂きたい。 ********************************************************************* ムコ養子に行った 三郎叔父は、他の叔父と違った。 彼だけは、父にも母にも、 侮辱は言わぬ。 だけど代わりに、金を使え金を使え。 もっともっと金を使え。 浪費しろ と、機会ある毎に来て言う。 ワシ、三郎叔父に言った事がある。 叔父さんよ。 あんたは成功者だ。 億万長者だぜ。 そんな偉い人が、つまらん事、言うとるなぁ 〜 と。 こう言う事が有った。 ワシ、三十過ぎて結婚はまだである。 だから 結婚する為に、家を建てろ。 と三郎叔父は言う。 母までが電話して来て、家を建てなさい。 家を建てないと結婚できないと、 三郎叔父が言ってます。 など言って来る。 その 三郎叔父、ついに工場まで来て、言うのだ。 家が無しでは、お見合いも 出来ない。 ここに家を建てろ! * * * 諸君。 どう思う? 三郎叔父の言ってる事。 正しいかな? ワシには、 三郎叔父の腹、見え見えだった。 だから言ってやった。 家を建てるなんて、お安い御用だ。 でもね叔父さん。 順序が違うでしょ。 家を建て、お見合いして、スッと結婚出来ればよし。 うまく行かずに時間が立てばどうなる? 家は返って、お見合いの邪魔に成る だろ。 あれは結婚する予定で建てたのに、何か有って駄目になったのだ。 何かが有ったんだ。 用心しろ! と、成りはしないかな? 三郎叔父よ。 家の一軒くらい、何時(いつ)でも建つ。 家を建てるなら、 お見合いの時に、だよ。 結婚が決まれば、家を建て始めます。 木の香も新しい家で、新しい人生の 出発をしましょう ・・・ と、 こう言うのが常識でしょうに。 話も無いのに家を建てろとは何事か。 あなた は、ワシに、無駄金を使わそうとでも、してる積りかッ! 家を建てさせて、してやったりと、ほくそ笑む積りだったのかッ! ワシ、喧嘩腰で言いました。 すると 三郎叔父。 へたへたと照れ笑いを浮かべ、何も言いません。 ワシ、続けて言ってやりました。 他人の息子の心配より、テメーの息子の心配 でも、したらどうか? テメーの息子は、金沢で、二年間も同棲中だろ。 何時まで続ける気だ? 息子の結婚の心配でも、してやがれッ! ってね。 すると 三郎叔父。 いよいよへたへたと成り、弱い微笑を浮かべたまま、 陽炎 (かげろう)みたいに、フヮ 〜 ッ と立ち、 一言も無く、事務所を出て行きました。 気味悪かったですね。 はらわたを、見透かされたら、お仕舞いです。 見破られて仕舞った。 と、言う所でしょう。 ちなみにワシが言ったからでも無いでしょうが、三郎叔父の息子は、一年後、 結婚しました。 当然です。 * * * 三郎叔父は、父の兄弟では、次郎叔父 ( 土田義雄 ) と双璧を成す、巨大な 成功者です。 養子先は、もともと金持ちでしたが、その財産を、彼は、五十倍させました。 なにしろ、です。 ワシの工場へ来て、現金で六十億持っている。 利子だけ で月に百万を越えると、自慢して行った位です。 二十年前です。 次郎叔父、還暦の頃ですよ。 日本は高度成長期、あらゆる ものが、バラ色に見えた幸福の絶頂期でしたよ。 だけどね。 ワシ、叔父に言いました。 あなたの六十億とやらの、大資産 ですけどね。 他人様の分、混じってはいませんか? 給与や退職金が、常識ハズレに、少なく ありませんか? 例えば、です。 川本なる社員が居ました。 高校を出てから営業畑、三郎叔父 の片腕でした。 五十代、年収五百万。 叔父の年収が、何億の時代です。 文句を言うと叔父、心配するな、退職金で つじつまを合わせる。 それまで待て! その退職金ですが、二十万でした。 二十万ですよ。 桁が二つ少ないのと 違いますか? 川本氏の貢献度なら、二億でも可笑しくない。 でも二十万でした。 つじつまは合いましたか? * * * 三郎叔父のムコ養子の先は、繊維機械の商社でした。 戦争直後の、ガチャ万 時代。 お金が天から降ってきた時代。 一年で資産が、十倍に成った時代。 繊維産業の、いちばん幸福だった時代。 三郎叔父は、そこを最大限に満喫しています。 しかし繊維ブームは、去りました。 叔父の会社も、縮小です。 修理の要員 一人を残し、それ以外の全員を、解雇です。 問題は退職金でした。 川本氏ばかりでは、ありません。 解雇された全員、 あっと驚く、小額でした。 だからワシは 三郎叔父に、あなたの資産には他人様の分が、混じっては、 いませんか? 言うのです。 確かに混じってると、思います。 * * * 三郎 叔父の資産が、五十億か六十億なら、川本氏の退職金。 二千万どころか、 二億でも、可笑しく ない。 二十万でした。 これじゃあ、赤旗の一つも振りたく なりますよ。 でもそんな愚痴、ワシのところへ来て、ぼやいても仕方ないです。 ワシは 裁判で訴えろと言いました。 実際、訴えるべき場面です。 何事も起こってません。 泣き寝入りした、みたいです。 彼はまだ、五十台 後半です。 子供は、高校生から大学です。 風の便りでは、カラオケハウスの管理人に成ってるそうですが、それ以上は 知りません。 ********************************************************************* ( 三郎叔父との口論で、川本氏に関する部分。) ワシ、三郎叔父に言いました。 川本氏の退職金、偉い少ないなあ 〜 三郎叔父、激しく反発して、わしは川本の娘の仲人をした。 いや、仲人は 良いでしょう。 だけど、それで彼が納得したとは、思いませんがね。 三郎叔父、仲人をしたと、も一度言うてから、川本は満足したと、わしは 信じておる! ・・・ と断言した。 さらに、 川本が、そんな愚痴を言うような男とは思えない。 もし不満があるなら、 がんばって、わしを見返すような資産家に成ればよい。 わしは川本を武士だと、信じとる! 退職金が少ないなら、それを人生のバネにして、立派な男に成って呉れると、 わしは信じておるッ! * * * ワシは笑ってしまったが、こんなのを、議論と言わない。 高卒から六十歳近くまで働いた川本氏の退職金が、二十万だった事、 既に書いた。 ワシむしろ、三郎叔父に感心してね。 こんな神経じゃないと、六十億 貯 ( た ) まらんやろな 〜〜 と思ったものだ。 ********************************************************************* ワシの言いたいのは、ここです。 三郎叔父みたい億万長者が、兄貴の息子の 足を、引っ張るなッ! ちゅう事です。 三郎叔父が、貧乏人なら許される、かも知れません。 億万長者でしょう。 現金を六十億持ってると、自慢に来た方です。 家を建てろと言いに来るなんて、億万長者の、する事かッ! ちゅう事です。 三郎叔父の息子は、その後、新規の事業を始め、なかなかの成功です。 その 事業と言うのが、介護用品の販売ですから、 苦笑します。 川本氏の退職金は、今からでも払えます。 彼に、まっとうな 退職金を払ってから、 老人の介護用品を売ったら、どうか? ・・・ と言いたいです。 人助けを、ひとつ、抜かしてますよッ! * * * < 五郎叔父一家。 二匹目のドジョウを狙う。> 土地の名義を変えて貰う為。 五郎叔父一家が、お婆ちゃん! お婆ちゃん! と、親切の限りを尽くした事。 既に書いた。 祖母が感激して、土地の名義を五郎叔父に変えた瞬間。 五郎叔父一家は手の平を 反(かえ)し、この土地から出て行ってくれ! に成ったこと、書きました。 その愚痴を、祖母は、ワシの母にぶつけた事も書きました。 その祖母、ワシに 怒鳴り付けられ、わななきながら帰った事も書きました。 性懲りも無いと言うか。 何と言うか? 五郎叔父の息子。 女ばかり 二人姉妹の、下を貰ったのだが ・・・ 女の子の実家。 小松市郊外、山の手の 軽の海と言う村。 杉の木の植林 された、広大な山林を所有しとる。 長女は婿さんを貰い、家を継がせる手筈。 平和な日本の農家だったのだ。 加賀地区の産業道路さえ、そこに計画されなければ.....では、あったが。 ごつい道路、出来てしまったのだ。 かっての単なる 杉林(すぎばやし)。 意味が一変した。 杉の木なんざあ。 どうでも良い。 問題は、その土地です。 産業道路で、 地価が暴騰。 かって、壱ヘクタールが何万円。 それが今や、坪何万円。 地価が百倍に 成った。 それで、どうなったか? 五郎叔父の息子。 嫁さん連れて、大資産家になった嫁さんの実家の近 くへ、お引っ越し。 ワシ、五郎叔父に言った事ある。 やっぱ土地かい? 五郎叔父にやにやして。 やっぱ貰える物、貰( もらっ )とかないとな。 ワシ、思わず、 ヘンッ! と鼻が鳴ってしまった。 これは二匹目のドジョウ狙いだ。 前回は上手く行った。 婆さんの家と土地。 しっかり手に入れた。 手に入れるや否や、婆さん出て行けッ! 婆さん(祖母)腹立ててワシの家、五郎一家の悪口に来て大迷惑。 けしからん叔父一家だった。 さてさて二匹目のドジョウは、どう成りましょう? 上手く手に入りますか? 興味津々です。 やがて結果を、ご報告します。 ワシその際、叔父に言いました。 そんな事ばかりしてると、オメー等( あなた方は )、何時の日にか、きっと、 何か有るぜ! ・・・ と。 * * * < 叔父達とワシとの、いわく因縁。> 叔父の一人が、 ワシに、こう言った。 ( 再掲 ) 兄貴ちゅう者はなあ、良い物が有れば、自分は何も取らず、全てを弟に分け 与える。 これが兄貴だ。 遺産が有る。 分配する時は、だな。 兄貴は何も取らない。 全部、弟達に 譲る。 そして、だな。 嫌な事。 お金の掛かる事が有れば、兄貴が全部、引き受ける。 それが兄貴 じゃないかッ! しかるに、だな。 兄貴は何だ。 最低じゃないか。 わしらは、恨みを持って いる。 仕返ししてやろうと思ってる! 分るかい? いるか君。 とワシに言ったのだ。 * * * 叔父さんよ。 と、ワシは言ったね。 その兄貴って言うの、ひょっとして、 ワシの父親と違うか? この叔父さん。 妙 〜 な顔でワシを見た。 ワシは、さらに言った。 これじゃあ、ワシ。 叔父さんに仕返しをせな、あかんやないか。 叔父さんは 親の敵( かたき )に、成る積り? さて皆さんは、叔父の発言に賛同しますか? 長男は何も取らず、すべて の遺産、弟達に譲らねばならぬ ・・・ と言う発言に。 しかもだ。 出さねば成らぬ金が有れば、長男が、全て出す。 と言う発言 に ・・・ です。 笑いますよね。 何と言う調子の良いセリフ。 これを言った叔父には、 必ず何かが、起こると思います。 ただ事で無い、何かが ・・・ ワシのこの章も、叔父の、その言葉に反応して書いてる。 これじゃワシ、赤穂浪士だ。 実に父は、遺産相続の時点で、弟達と縁を切るべきだった。 勝負どころ、外( はず )している。 * * * あれは、ニセ警官の 四郎叔父だった。 ワシを捉(つか)まえて言ったのだ。 わしは、正月や盆には、五万円くらい、婆さん( ワシの祖母だ ) に 渡す。 君の親父は、幾ら渡してる? ワシは言いました。 親父は、三十六歳まで、給料を全て祖父母に、渡してた。 叔父さんは、時々、五万円かあ 〜 ! 少ねえじゃねえかッ! ・・・ と。 ニセ警官の 四郎叔父。 へンッ ・・・ と、鼻を鳴らすと、行って しまった。 * * * 大阪の 次郎叔父はお調子者に近かった。 列車の屋根の上の数百名の朝鮮人。 殺すだけの事はあった。 本人の推定でも、六百名は下らないそうだから。 故郷に帰ろうと、荷物を山の様に持ち、列車の屋根に乗ってた人々です。 でも、不思議ですね。 次郎叔父。 これだけ殺しながら、罰は何も受けず、往生を遂げてます。 それどころか、終戦直後です。 小さな饅頭屋から始めて、やがて 二百億 〜 三百億の、大資産家に成りました。 大阪一円の結婚式場へ、 納品してましたから、あの辺に住む、在日朝鮮、韓国の方は、 おめでたの席で、次郎叔父の作った赤飯やら、お饅頭を、 食べたでしょう。 人生は不思議です。 六百名以上の殺人も、罪では無い、みたいです。 ワシが若き日に学んだ鑑定学の本。 ひっくり返して見てますが、間違ってるんでしょうか? それとも、人生は、 そんなもの ・・・ なんでしょうか? 次郎叔父の晩年は、羨( うらや )ましい限りです。 事業は譲り、隠居して 悠々自適の毎日でした。 全国の名所を、高級車で廻り、 美味しい物が有れば、千里の道も遠しとせず。 水戸黄門みたい。 諸国、 漫遊の晩年でした。 ヒトラーは、ベルリンでは死なず。 晩年は、アルゼンチンの山中で過ごした そうです。 本当かどうかは知りませんが ・・・ でも、です。 ヒトラーが死んだ時。 行き先は天国だったのでしょうか? それとも地獄 でしょうか? 六百名以上の朝鮮人を死なせた 次郎叔父は、天国と地獄、どっちへ 行ったのでしょうか? * * * この章の最後に、祖母の七千万を、書きましょう。 死ぬ、かなり前でした。 祖母がワシに自慢しました。 わし、通帳に、 まだ七千万円、持っている。 祖母が死んだのは、九十三歳でした。 毎日二時間の散歩が、日課でした。 つまずいて転ばなければ、百歳まで生きたと思います。 ころんで道路に、顔をぶつけました。 その怪我で死にました。 いや、 殺されました。 と言うのも、親族が集まり、もう充分ではないか、先生、人工呼吸器、外して 呉れ! ってんで医者、外したのに、一週間生きました。 これには先生、赤っ恥。 呼吸器を外せば、十五分でご臨終だと、言ってたからです。 それで一週間目、今度こそ絶対に十五分で死ぬ注射、して呉れましてな。 見ん事、予告通りに祖母は死にました。 で、ワシ、祖母は殺された! 言うとるのです。 * * * 祖母の葬式、父は長男なのに、喪主を断り、ワシはワシで、葬式に行かなかっ た事。 書きました。 問題は、祖母の言ってた、七千万の預金ですよ。 ワシ、三郎叔父に聞きま した。 あの七千万、どうしたの? 父を除外して、弟と妹で、山分けでも、したんかい( したのですか )? すると三郎叔父。 怪訝( けげん )な顔しましてな。 そんな金、元から 無い。 無い? 死ぬ前に、祖母がワシに、有ると言ってた。 本人が有ると言う 金が無いとは、これ如何に? 三郎叔父。 そんな金は無い。 そんな金は無いの、一点張り。 税務署が 来たと言う話も、耳にせぬし、 ミステリアスな、七千万では、ある。 何処かで、誰かがネコババでも、 したのでしょうか? * * * ウエブでは、全てを書けない。 要点だけ書いた。 次段では、付加的に ムコ養子に行った 三郎叔父 ( 島隆三 ) との 口論を記す。 議論では無い。 あんなのを議論とは言わぬ。 口論だ。 三郎叔父九十歳、ワシ六十二歳だった。 フガフガ口論だった。 噴飯物では、あった。 |
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