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第 七 章 * 4 / 5 

< 想い出。 沢山の、懐かしい想い出 >



< 明海大歯学部。卒業試験の問題は、持ち帰り、不可なり >


十二月までに、三十回もあった、模擬テスト。 持ち帰って良い。 ホルダー
に綴じれば(とじれば)、東京都の電話帳、一冊分より厚くなる。

持ち帰り、オーケーだった。


翌年の一月と二月。 三回のテストは、卒業試験。 とは言え、形式は本番の
国家試験と、同じ。 さらには、

国家試験と同じく、問題用紙は、回収され、厳密に、管理される。 次の年、
同じ問題。 また、使いたいからさ。


で、学生たち。 毎年、問題に当番を割り振って、テストの後で、再現する。

問題数より、学生の数が多いから。 一題に、二人付く。 この書き写し。
ワシなんて、メモ用紙、堂々と出して、書き写し、してた。


ある時だ。 先生に、注意された。 ちょっと、ちょっと、久治良さん。 困
りますよ。 こそっと、して下さいよ。

そんな、大らかにされたんじゃ。 試験監督の立場。 無いっすよ。 なるほ
ど、先生の面子(めんつ)、立たないか。 立てなきゃあ、いけない。

大事な、息子! ちゅうてなっ! アハハハッ!


てんで、メモ用紙、引っ込めた事あった。 注意した先生だって、学生の時は
同じ事、してたんだ。 書き写して、いたんだよ。

道理で、一切を、お見通しだ。 でもね、一ヶ月ほどして、ワシ、ちょい、ヘ
ソ曲げた。


ワシが丁寧に、書き写しておると、同じ問題に割り振られた、もう一人の学生、
サボり、やがんのよ! けしからん! と、言うわけでワシ、

しばらく、書き写し。 中止した。 ま、大人気(おとなげ)ないんで、すぐ
止めたがね。


我らが六年次。 前の年の一分会。 作ってくれた卒試、再現問題集なる、
緑の表紙の、立派な本。

中を見ると、再現、出来なかった問題。 ようけ、有るんよ。 ページ、白紙
で、スカスカだ。 再現されてる問題も、何か、あやふやで、


信頼性に、欠ける。 ワシがした、みたいに、メモ用紙、堂々と出して、書き
写せば、こんな心配。 無かったのに。

学生。 長い文章を、暗記で再現しようと、するんだもの。 ええ加減、あい
まいに、成るわ、なあ。


 *      *      *


歯科医師の国家試験。 95回より。 問題文の持ち帰り、ご法度になった。
ワシらは、98回の受験だ。

だから、過去四回分は、予備校の、再現問題だ。 なにしろ、国家試験だろ。


大学の卒試みたいに、メモ用紙出して、堂々と書き写す。 なんて、出来るか
ってんだ!

そんな事すれば、たちまち、監督官に、摘み出される。 あいつら、国家公務
員だ。 融通の、利かねえ事、論を待たぬわ。


予備校。 問題文、再現の、志願者を募った(つのった)。 簡単な問題、四
千円です。 長文の文章題。 七千円、でーす。

結構なアルバイトや、おまへんか? テスト、終わるやろ。 廊下で早速。
記憶の、消えぬ間に。 紙切れに、書き写しとる受験生、多かった。


その、再現問題だ。 六月より順次、アンサーなる過去問集で、発売されるん
やが、この再現が、何んか、妙なんよ。

問題は、とにかく。 写真、再現、出来んやろ。 イラストで、再現、すんの
やが。 それが、どっか(何処か)、文章と、噛み合わんのだ。


 *       *       *


この入力も、早や、2009年だ。 我らの国試から、五年が立つ。 今や、
受験生。 参考書の過去問は、全て、再現問題と成った。

これじゃあ、受験勉強。 し難い(しにくい)やろなあ。 問題文と、図とが
ピッタシ、してない問題。 答えを見ても、意味不明の再現問題。


我らの頃さえ、ありゃりゃあ? この問題。 どっか、変だぞ? だったんだ
から。

持ち帰りが、出来なくなって、十年目。 参考書は、奇怪な再現問題で、充満
してる、わけだ。


こうなりゃ、いっその事。 予備校さん、スパイ大作戦。 隠しカメラ、持ち
込ませて、パチリ、パチリ、したら、どうですか?

ワシらの時も、そうだったが。 試験会場へ行くとね。 四十がらみ。 年配
の者。 けっこう、居るんよ。

そいつらの会話。 聞いて居ると。 ボク、四回滑って、今度が五回目です!
なんて。 ふざけた会話、してんのよ。


あんな連中に、因果を含ませて。 スパイ大作戦。 隠しカメラ。 問題文を
写して来る。 てな、アイデア。 どうですか?  予備校さん!

今の再現コスト。 数百万ですからね。 その金額。 全部、君、一人に上げ
るから。 写真、頼むよ。 なんて言えば、ワシなら、するかもよ。

これを、職業に、したりしてね。 摘み出されるまで、ごっつあん、です!


 *      *      *


再現問題。 我が明海大の、卒業試験のも。 予備校の、国家試験のも。
何かが、何処かが、可笑しいんだよな。

答えを見てさえ、可笑しい。 解答に、なるほど! と、言えねえんだ。
どっかが、何かが、間違っておる。 記憶による再現問題、駄目だよ。


やっぱ、スパイ大作戦が、必要かも? この話、ある先生に、すると、だね。

そりゃあ、歯科医師の国家試験。 受けるような学生は、アホが、多いから、
再現が、上手く行かないんだよ! てな事、抜かしおんのよ。


ワシ、その冗談には、笑わなかったぞ!  ニャロメええ!

言うたったよ! 失礼、ザマス。


いつも、印税も払わず。 勝手に、使ってます、ニャロメ。 赤塚不二男さん
に、感謝しつつ。 ご冥福を、お祈り、いたしますです。



< 明海大、歯学部の卒業式は、二部構成、なんであある >


体育館で、全学部、合同の卒業式。 まず、やっといて。 次、歯学部だけ。
講義室の一室で、またまた、卒業式。

二部構成の、卒業式だ。 全体の方は、各学部の代表が壇上に出て、メダル
なんか、貰ったり、する。 アッシには、関係のねえ、式次第で、やんした。


歯学部。 二十九期。 成績、断トツのA子。 文句無しの、受賞。 この子、
一年次。 成績優秀者のメダルから。 卒業式。 理事長賞まで、

完全に制覇。 貰えるメダル、盾の類。 一つ漏らさず、全ええん部。 持っ
て行った。 卒業は、当然、主席で、ご卒業。


その卒業試験。 この子。 三回とも、断トツに、一番。 これじゃあ、ケチ
の付けよう。 無(ね)えわなあ!

卒業式の、理事長賞の、でかい盾(たて)。 当の理事長が、手ずから、授与
して呉れる。 この賞は、二個あって。 お相伴。 もう一人は、男子学生だ

った。 彼の卒業時の成績は、五番である。


彼の、それまでの、一年次からの成績は。 成績優秀者と、まったくの無関係。
超、低空飛行隊の、隊長だったりして。

それが卒試。 五番だなんて。 能有る鷹は、爪を、隠してたのか? 実は彼。
一年次に。 ワシと、因縁の関係。 だったんじゃよ。 それを、話さずば、

なるめえ。


 *      *      *


それを、今。 手短に書かんぞ、と、思う。 一年次であった。 いわゆる、
筆禍事件である。 あれは、英語の、読解だった。

講師の先生。 非常勤、だったのに。 えらく熱心な先生、でね。 日記と、
言う物。 クラスの学生に、順番に、書かせたんだ。


ワシに、順番が、来たのは、夏休み明け。 北海道の登山旅行。 済ませた直
後だった。 ワシ、かねてより、この英語。 簡単すぎるのが、不満だった。

中学生レベル、なんよ。 先生に聞くと、去年は、大学レベルの教材。 使っ
たんだって。 すると、物凄い不評。 ブーイングの、嵐(あらし)。


こんなにも、難しい英語。 止めてくれ! と、非難、ゴーゴーだったそうだ。
恐れをなした先生。 次の年、我らの年。 教材、中学生のレベルに、

落とした、そうな。 それを、知らんワシ。 何でえ、こんな、低レベルの英
語! と、日記帳に、悪口、書いた、わけだ。


その次にワシ、例によって、ついつい、筆が、勝手に動いて。 余計な事、書
いたのさ。 つまりだ。

先生っ! 援助交際、してる女の子、知ってたら、教えてよ! なんて、書い
たのさ。 勿論、勿論。 駄洒落の積りだよ。 当然じゃん!

その時の、ノートのコピー。 今も、手元に有るが、改めて読み返しても、前
後の調子。 やっぱ、駄洒落、と、しか、思われない、が、なああ?


と、ところがだ! この理事長賞の彼。 ワシに、噛み付いて、来やがった。
その噛み付き方。 いかにも、彼らしい代物(しろもの)だった。

ノートにさあ。 ワシの文の、次にだよ。 彼、デカデカと書いたのだ。 物
凄く、大きな字で、


坂戸 けやき(仮名)。 援助交際を、止めろ! ってね。


その下に、極く小さい字で、

72番(こりゃ、ワシの学生番号だぜ)、と、書いて有った。 これは、誰が
見ても、だよ。

援助交際、しとんのは、坂戸君(仮名)だと、思うわな。 さらに、その下に、
彼の子分たちの、切れた、切れた! と、大騒ぎ、しとる文章が、載っておる。


さらには、女の子が二人。 ワシの文に、論評を、書いておる。 不謹慎だ!
冗談だと思うが、こんな書き方、止めた方が良い! なるほど。

この子は正しいね。 だけどさ。 この子のペンネーム。 ワシ、あっ気に取
られたよ。 自分の事を、ドーナツちゃん! って、呼んでるんだ!


こりゃあ、まずくは、御座んせんか?


一応、娘の自分を、だよ。 ドーナツだなんて。 この子、アホかいな!

ドーナツは、穴が、明いてるんだぜ。 わたしは、ちくわ、よっ! って言う
のと、同じだぜ。 娘が、使って良いペンネームでは、おませんぞ!


 *      *      *


三行上の文。 一応、娘の自分を。 の、文。 これまた、良くないだろねえ。

活字の本なら、絶対に、修正、させられる。 これ、文句、来ますわよっ!

てな、具合でね。



 *      *      *


< 坂戸君。 因縁、付けた相手が、まずかった >


そもそもだ。 だいたい、だぜ。 ワシみたいな、唐変木。 据え膳、さえも、
喰わない、超の付く、偏屈者。

一般の方とは、行動の原理が、完全に、違っておる。

ワシ。 好き、嫌いでは、動かない。 では、何んで、動くのか? ワシは、
主義で動く。 てな事、言う、オジンが、だよ。


援助交際なんて、するかいな! 据え膳さえ、お断り! なんて、言うんだも
の。 自分でさえ、ワシは、アホや! 思とるんやで!

二億人に、一人。 居るか? 居ないか? の、変人です。 こんな変人、奇
人が、援助交際の、オニャン子、なんて。 相手に、するかっ!


だいたい、オニャン子の方で、ワシみたい変人。 相手には、せん、じゃろう。

それにだ。 そんな事、ワシが、本当に実行してたら、誰が、教室の日記に、
書いたり、するかい!


ワシ、坂戸君に、言ってやった。 君のは、誤診だ! 君が、本当の名医なら、
あの場合、はね。

はははっ! このオッちゃん。 女、知らんのと、違うか? それ臭いぞ!
だったらボク。 良い子、紹介して、上げますよ! なんて、書いといて、


それより後。 ワシの顔、見る度(たび)に、よおーっ! 童貞おじさん!
なんて、冷やかすのが、正解だったんじゃよ。

これを、やられたら、ワシ。 あたま掻いて、坂戸君には、かなわんわい!
言わにゃあ、ならん!


それに何だ? この書き方は? 常識なら、72番。 援助交際を、止めろ!
と、書いて。 その後に、自分の名前を、入れるもんじゃよ。

君のは、あべこべ、じゃないのか? 坊ちゃん育ちで、世界が、自分中心で、
廻ってる積り(つもり)か? 有り得るぜ!


あの、書き方じゃあ。 君が、援助交際してる事に、成りや、しないか? と
言う様な事。 言うた因縁。 有ったのさ。

その事、思い出しつつ。 壇上で、理事長から、盾を貰う彼の姿に、なぜか、
想い出。 尽きなかった。


 *      *      *


坂戸君には、も一つ、因縁が、有るんだ。 あれは、三年次、だったかな?

彼、いたずらで、ゴム輪の、パチンコの、紙つぶて。 ワシの、隣の学生に、
飛ばしたのさ。

その狙い。 見事に外れて、紙つぶて。 ワシの首筋に、パチン! さ。


痛ててっ! ワシ、首筋、押えて、後ろを見た。 坂戸君や、ないか!

彼、何とも言えん、表情して。 ワシの視線を、外しておる。 普通なら、
手で、拝む、真似して。 スンマセン!

しても、良い筈だ。 坂戸君、遂に、すんませんを、しなかった。 坂戸君、
君は、正義の使者じゃあ、ござんせんぞ!

じじい、に、危害を加えといて、知らん顔は、無いじゃろう。


いわゆる、金持ちの、お坊ちゃん。 責任が、取れない。 の、類(たぐ

い)だぜ。 君は! 文句、有っか?


責任問題になると、スルリ! お上手に、逃げてしまう学生の、多い事よ!

流石に、金持ち、ご子弟の、大学ですよ!


 *      *      *


さて、卒業、間近か。 ワシ、この坂戸君に、次の言葉を、送った。 いわく


我が明海大、歯学部、口腔外科の。 嶋田、坂下。 両教授を、抜けっ!


彼、大学に残れ! と、言う、強い勧めを、蹴って。 某(ぼう)大学。

医学部の、口腔外科へ、入局した。 期待しておるぞ。 がんばれ!



この辺を見れば、お判りの如く。 ワシ、教育者の素養が、有る。 自分より、
優秀な者を得て、喜び。

自分を、追い抜いて行く若者に、加速を与う。 教育者、言うたら。 何処か、
心に。 お目出度いもの、必要なんだ。 何故か?

自分より下の者を、引き上げて。 自分より、優れた者にするのが。 教育と
言うものじゃよ。 だから、お目出度くないと、教育、しない。 出来ない。


自分を、追い抜きそうな者、潰すか、追い出してしまう教育者。 世の中には、
結構、多いんよ。

この問題は、この本の次。 裏本、歯学部へ行くで、扱う。 ワシの文、見て。
自分の悪口。 書かれた! と、思う教授。

必ず、出るからね。 教える行為。 なかなかに、難しい。 教える。 教え
る。 言うて、ちっとも教えん教育者。 多いからなあ。


だけど、十年後を、見よ! 教授を、超えそうな、スタッフの先生。 仰山
(ぎょうさん)抱える教授が、居る。 一方で、

講座が、寂(さび)れてしまう教授も、居ない訳では、ない。


開業歯科医院でも、同じだ。 あそこの、歯科病院からは、良い開業歯科医が、
何名も、出てます! 言うのも、有れば、

二十年、歯科医師して、沢山の勤務歯科医師を、使いながら。 あそこから、
開業した先生。 聞いた事。 有りません。 一人も、居ないのでは?


なんてえのも、有るから。 新卒の先生。 良く見て、行き先を決めな、あか
んでえ!

腕の良いのと、指導の上手いのとが。 一人の先生で、一致してれば、ベスト
ですが。 腕は良いが、教えるの、サッパリの先生は。 弟子入り、

止めた方が、よござんす!


こんな風に、やばいんで。 この続きは、裏本で、書きます。


 *      *      *


あの筆禍事件には、付録が、付いて来てね。 切れた! 切れた! と書いた、
坂戸君の、子分。 その内の一人の、財布を、だよ。 六年次。

トイレで、ワシ、拾ったのよ!


その財布。 小さなカバン、くらいあった。 見れば一万円札。 ドサッと、
這入っておるやないか! 学生証も、有った。


ワシ、一瞬。 ネコババ、したろか?  思たけど、結局、まじめに、学事課
へ届けた。 なのに、だよ。 その後、彼に会うと、

向こう向きになって、ワシに、尻をむけ、有難うの一語も、無かったのだ!


正直者は、馬鹿を見る! の、良い見本じゃよ! これを書きながら、なぜあ
の時。 ネコババ、しなかったのか! と、

五年立つ今も、思い出す度に、悔やまれる! くそったれめ! くそったれめ!
と、ののしっても、もう遅い。


ちなみに、子分のお父さん。 歯科医師である。 この子分。 国試を、落と
した。

当然の報(むく)い。 では、有るまいか?


今からでも、遅く無い。 一割。 持って来るのが、人の道で、御ザンスよ!

財布を、拾って貰って、有難うも言わぬ者。 いかでか、人の道。 成功する
で、あありましょうや? ましてや、歯科医師の道!  でんす!


 *      *      *


< 卒業謝恩会での、大爆笑 >


各学年の、父兄から一人。 世話役なる者を、選ぶんだが。 歯学部だけあっ
て、伝統的に、歯科医師のお父さんが、就任する。

我が二十九期。 ある女の子のお父さん。 六年間。 この任に、就かれた。
この歯科医師の、お父さん。 物凄い、巨漢でね。 奥様は、普通の体形なの

に。


謝恩会には、ご夫婦で、ご出席。 遊ばされた。 は、良いんだが。 宴も、
たけなわの頃。 知り合いの方、先生の、ご苦労を、労(ねぎら)われた。

先生、はにかんで。 いやあ、ボクが、選ばれた理由。 単に、大学に近いだ
け、なんすよ。 そんな、人格なんて、ボクには有りませんよ。


までは、普通の会話、だったんですが。 その時です。 後ろに、控えておら
れた奥様。 ええ、そうです。 ウチのひとに、人格なんて、有りません!

と、余りにも、きっぱりした調子で、おっしゃるものだから。 周りの我ら、
あっけに取られたあと、大爆笑。 して、しまった。


あれは、面白かったな。 先生、真っ赤になって、頭、掻きつつ、照れ笑い。
巨漢でしょ。 その姿に、またまた、我ら。 大爆笑。

ワシも、羽目外して、笑ったよ。


 *      *      *


< 東京の、一流ホテル。 と、言うものは >


ホテルニューオータニ、ばかりでも、無かろうが。 東京のホテル。 会場費
が、べらぼうに、高い。

卒業謝恩会も、しかり、だった。 会費が、何万であっても、建物に喰われて、
その分、食(く)い物が、寂しい。


この辺が、東京の、アカン所だ。 こっちの連中は、生まれてから、ずーっと、
こんな世界に、ばかり、住んでるから。 世の中は、こんな物だと、思っとる。

だから、ワシの言う事。 理解せんのだが。 これが大阪なら、会場の食い物。
こんな物(もん)じゃあ、無いぜ。 ドバーッと、山ほど、出て来る。


謝恩会、酒も出る。 立ち食い形式なんで、テーブルの上には、酒のおつまみ、
載っておる。

こちとらあ、石川県の、田舎者だあ。 食い物、言うたら、いつも、山の様に、
出るものだ。 と、思っとる。 それが、だぜ。

テーブルの上。 上品なおつまみが、ちまちま。 では。 いじましくて、付
いて、行けない。 じゃん。


さもあろうと、予感したからワシ。 ホテルに着くや否や、玄関フロアーの横
に在る。 パン屋へ行って、ライ麦パン。 大きいのを一個。

仕入れといたんだ(仕入れて、置いたのだ)。 これ、成功だったね。 時間
待ちの、控え室。 マンガ見ながら、ムシャムシャだ。


そばの学生に、横から齧られ(かじられ)つつも。 半分は、喰ったかな。
すきっ腹にウイスキーを流し込めば、悪酔い、するがな。

それに付けても、ホテルの、ライ麦パン。 良い味だったなあ。 帝国ホテル
のパンも、捨てがたかったが。

ニューオータニの、ライ麦パンも、一見に、値する。


値段はチト張るが、たまには、良かろうて。 さて、謝恩会。 教授への感謝
の、宴だ。

見れば、先年退職された、時岡教授。 来とるやないか! 思わず、おおっ!
トキだ! トキだ! トキが来とるぞ! と、言うて、しもうた。 がな。


 *      *      *


時岡先生、気安いもんで、よおー、久し振り! 元気か?

先生こそ、お元気で、なにより!

ボクかい? 毎日、女房に、こき使われとるよ。 あははっ! 教授、大口あ
けて、笑われた。

先生の奥さん、歯科医師だ。 文京区で、開業されとる。


教授、日ごろの、診療の、経験談なんか、周りの学生に、話されて、すっかり、
ご機嫌。 なのに、不思議なものでね、

この二年後に、教授は、亡くなられた。 ボクねえ、これまでの人生に、二度。
こりゃもうアカン。 死ぬ様な大病したんだ。 が、教授の、おはこ。


一回目は、四十過ぎだよ。 二回目は、君らの、目の前。 六十三だ。 我ら
の、入学の年だよ。

二回目は、大動脈の、表皮細胞の剥離。 剥離した内皮、腸間膜動脈に詰まっ
た。 朝だった。 車で大学へ行く、途中だぜ。


ボク、ハンドル、持ってる、身体が、おかしいんよ。 こりゃいかん。 すぐ
にハンドル回して、東京の病院へ、直行した。 そのまま入院。

レントゲン写真、撮ったらね。 そこの医者。 可笑しい所なんて、どこにも
無いって、言い張るんだ。

たまたま、その病院に、慶応の医学部から、若い先生が来ておられてね。 写
真を、再点検された。


その先生が、何かの病変の、予感がする! って、言われてな。 精密検査、
した。 それで、大動脈の、表皮細胞の剥離が、分ったんだよ。

あの先生が、居られなかったら、ボク、死んでたね。 それ以来ボク、慶応の
医学部に足向けて、寝られなくなった。


時岡先生の病気は、いつも、突発的である。 昨日まで元気一杯。 次の日、
死ぬような、大病。 この体質。 手相にも、現れてました。

プライベートな、余談、に、なりますが。 教授。 物凄い、億万長者なんす。
何で儲けたかって? 大阪の、一等地の、土地だんす。


それを若い頃に買った。 バブルの頂点で売った。 差額。 生涯収入の数倍。


*       *       *


大歯(だいし、大阪歯科大)卒業されて、大学院。 博士号は、京大の、医学
部で、取られた。 コッチ来てね。 一番残念、なのは、

ボク、京大の医学部に居たろう。 あそこの、教授たちの、側に、居たんだぜ。
毎日、物凄く、厳し(きびし)かった。


こっち来るとさ。 それが、全く無いもんな。 何か、スコンとしちまって、
人生に、張り合い、と言う物が、無くなって、しもうた。

こっち、余りにも緩い(ゆるい)んで、暫らくボクの身体。 おかしかった
よ。 それ位、酷(ひど)い落差、有ったね。


大歯で、助手に採用された、数年後。 大阪の一等地に、先生は、土地を買っ
た。 周りのみんな、騙されとる。 言うて、大反対、やった。

土地バブルの頂点で、売却。  時岡財閥の元を、築かれた。


大阪から東京へ。 文京区に、病院と住居。 成功者の、行き方、ですな。
先生の、こちらのスタッフにも。 御殿みたい、お住まいの方、居られますが。

大学で、その先生の、お姿を拝見しても。 そんな家に、お住まいの方だとは、
とても、思えない、です。 つまり、相と現実が、乖離、しとるのです。


この先生の場合は、先祖代々の田んぼ。 スーパーショッピングに、売れたか
ら。 の、財産です。 実力が、伴わない。 まあ、

土地の力。 まざまざと、見せ付けられし、場面、ですかな。 学生の中にも、
お父さん、土地で、億万長者の者。 十指を、越しますので。

やっぱ、東京だな。 と、思いますね。


 *      *      *


ちなみに、ワシが、仕事してる所。 衛生士の一人。 これまた、お父さん、
沢山の、アパート持ち。

いわゆる、寝てても、毎月。 大金が、ころがり込む! の、輩(やから)、
です。


かく言うワシも、アパート住まい。 大家の資産形成に、貢献しとりますです。
ハイッ!  これ、運命ですかな? それとも、何でしょうか?

時岡先生のは、実力です。 自分の、力です。 自力です。


 *      *      *


ワシの学んだ手相学では、金持ちに成れる手相。 ちゅう、ものを、鑑定しま
す。 時岡先生。 やっぱ、その手相、されてましたな。

別に、手相が良いから、金持ちに成ったわけ、では、ありません。 手相なん
て、お遊びにして。 日々、努力、すべきです。


手相は、ただ。 その方向を、アドバイス。 出来るかな? と、言う、

程度に、過ぎません。 本当に、手相が良いから、億万長者に成るんでは、
ありませんよ。

億万長者に成るから、手相が、良いのです。 この順序を、お忘れなく。


手相は、生きてます。 徐々に、変化して、行きます。 手相を、支配する

ほどの。 強い生き方が、求められます。 手相に、一喜一憂する方。

運命の、奴隷です。 奴隷が、運命を支配なんて、出来ますかいな!

莞爾(かんじ)として、自分の道を、歩いて下さい。 その道が、どっち向
きか、は? 手相に、少しだけ、書いてあります。

手相と、運命の関係。 解りましたか?


 *      *      *


  < パンは美味かったが、ホテルニューオータニの寿司。
                       美味くなかった >


謝恩会。 寿しが美味いと、評判でしたが、味は、とにかく。 あの出し方が
良く、ありません。 寿司の這入った、大きな、たらい。

一箇所に置いて出すから。 会場の父兄、学生が、一時(いっとき)に、ウワ
ーッと、殺到ですがな。


こうなると、歯科医師も何も、有ったものじゃあ、ありません。 我先に、寿
しを取ろうとして、目の色、変えた、男や女。

押しつ押されつ、大混乱の中。 命がけでワシ、一皿だけ、取って来ました。
取り分けの、お箸(はし)。 もみくちゃに成りながらも、同級生の女の子に

渡すと、


彼女、ニコッとして、ありがと。 言いながら、突進して、行きましたが。
見れば、その御髪(おぐし)。 無茶苦茶でした、がな。

ここ、ホテル、ニューオータニ、どっせ。 寿司の出し方。 も少し、工夫せ
な、あかんぞな、もし! でっせ。


ワシが、不味い寿司だ! 言うたのは。 乾燥して、風味が、落ちてたから、
です。

造ってから、出すまでの時間。 長かったんで、しょうな。


 *      *      *


ワシ、持参の写真機。 いつも、馬鹿チョン式、です。 これしか、使かわん
主義、です。 この日は、二個、持ってくんだったと、今でも、後悔、してま
す。

同級生と、写し、写され。 三十五枚、たちまちに、お仕舞いです。 あれは
残念でした。 三個くらい、持ってけば、良かったと、今でも、悔やまれます。


帰りのバスは、歯内の、西川教授と、ご一緒。 この先生も、今は亡(な)し。
山本歯学部長、既に亡く。 やがて、ワシも、あの先生方の後。 追うんでし

ょうなあ。


 *      *      *


( なつかしや、当時の原稿が、出て来たぞ! )


場所、東京の紀尾井町。 ホテルニューオータニの一階。 鳳凰の間だ。 中
央の壇。 スポットライトの、交差する中。

キラキラしき出で立ちで、理事長以下。 教授連、晴れがましくも、並び立っ
て居られた。


司会役の学生、開会の、宣言! カメラのフラッシュ、視力を失うほどだった。

理事長の音頭で、 乾杯! 乾杯! 乾杯! おめでとう! おめでとう!
おめでとう!

歓声が、湧き上がる。 六年間の、仲間だ。 記念写真、記念写真だ!


見ればA君、許婚者の彼女と、並んでた。 ワシ、側へ行って、おいっ!
一枚撮らせろ!

間に這入って、ワハハハハッ! と大笑いした所をパチリ! 撮っていただき
ましたが、写真を見て、ガックリ。


若い二人に、挟まれたワシ。 否定しようの無い、ジジイ面(ずら)。 大口
開けて、笑ってるんですが。

写真には、情けも、容赦も、有ればこそ。 印画紙には、老人、そのもののワ
シ。 写っとるやないか!


馬鹿明けしとる、口が、いかんな。 歯の並び、隠しようも無く、ジジイだ。

気は、まだ、若い積もり。 なのに、だ! この写真め! と、睨んで見ても、
仕方無いかな? 御同胞、カメラには、歯を見せちゃあ、いけません。

歯と歯列。 年齢が、諸(もろ)に出ますからな!


 *      *      *


女の子の中には、二十五歳過ぎの入学。 何名か、居られた。 卒業時の、彼
女たち、三十過ぎの、結構な、お年、です。

入学時、つやつや、だった、自慢のお肌も。 卒業時、近寄って見れば、老い
の陰。 どうしようも無く、刻印、されとる。

テーブルに置いた手も、もう若くは、無い。 年増の、それ、でした。


忍び寄る、老い。 彼女たちに、取り付いておるのです。 季節を、如何に押
し留めても、春は、夏となる。 夏は、秋となる。

秋はやがて、冬と、成らざるを得んのです。 しかし、季節なら、巡り来ます。
冬は、また、春と成れるのです。


しかし、人の、老いたるや。 いかでか、春と、成りましょう! 人の春は、
子や、孫の姿して、やって来るのです。 人は、一方的に、老いるだけです。


一枚の卒業写真に、ワシは老いを、痛感させられた。 喚(わめ)くとも、
悲しむとも、時間の流れ。 止め様が、無いのです!



< レントゲン科、A先生の、最後の講義 >


早いもんだね。 この授業が、最期だぜ。 やれやれと言うか。 お名残り
惜しいと、言うか。 ま、どっちでも良いや。

スライド、見てくれよ。 この患者さん、男性。 六十五歳。 血色、すご
く良いだろ。

でも、病気なんだ。 どこが、病気なんか? レントゲン写真から、読める
かな? 画像の、ここの所を、良ーく、見てよ。


この患者さん、舌ガンなんだ!


舌ガンと聞いて、ワシ不覚にも、目に涙、溢れた。 ワシ、この時、五十五歳。
この患者さんと同じ、ガン年齢。

やがて、ワシも、CT台に、乗せられる、かも、知れない。 ガンで、MRI
の可能性。 否定、出来ようか?


若い学生は、他人の症例として、見る。 ワシは、自分も同じか? と思って
見る。

人事(ひとごと)じゃあ、無いんだよ。 五十五歳は、そんな年齢、なんだ。


 *      *      *


< 眼前に見る、悪性腫瘍の方 >


ワシが歯学部へ来て、ガンの患者さんを間近で見たのは、七名、かな? それ
が、不思議なんよ。

健康そのもの、なんよ。 お顔の血色、ピンク色、なんだ。 ガン、だなんて、
それ、嘘でしょう? と、言いたくなるよな、キトキト顔だった。


なのに、その方、ガンである。 あれ、ホンマに、不思議やなあ。 ある日、
口腔外科で見た、お婆さん。 お年が、八十六歳。

車椅子だったけど、お肌は、ピンク色。 なのに、ほっぺた、に、握りこぶし
大の、ガンが、有る。 その頂上が、弾けていて。

ガン細胞、ポロポロと、こぼれてた。


ワシみたい、素人目にも。 まず、何でここまで、放置しとったんや? 車椅
子、押しとる息子さんの、責任問題や! と、思うた。

次なる感想は、八十六歳で、だよ。 こんな、ガンに成るの、かなわんなあ!
ホンマ、こんな年で、頬っぺたに、ガンやなんて。



こりゃあ一体、誰の、責任じゃあ? と、言いたくなる。



ワシの祖父、七十五歳で、胃ガン。 父も、七十五歳だった。 結腸ガン。
ワシも、ひょっとしたら、中間を取って、小腸ガン、くらいには、罹(かか)

る、かも知れん。 どこに出来るか? は、ガンの、勝手でしょうがね。

だもんで、我が、くじら書店の雑誌にも、ガンを、取り上げとる。


 *      *      *


ワシには、ガン。 他人事や、無いんや! ワシ自身、患者、かも知れんの
だ。 ワシが、ガンを追求するのは、読者の為や、おまへん!

自分自身の、恐怖、ざます。


この大学も、ガン、が、多いなあ。 歯学部長は、連続して二人。 ガンで、
死なれました。 お父さんが、ガン死。 だった教授は、五名です。

お母さんが、ガン死だった教授。 お三名?


教授が男で、お母さんのガン死は、すでに、二名とも、ガン死でした。 残り
の、ご一名様。 ガンを発症、されてます。

こんな事を、考えてますと、背筋が、寒くなります。 江戸時代は、ガンの手
術なんて、有りませんでした。 患者さん、そのまま、治療も無く、ガン死。


何もせずに置くと、大抵は患者。 食べれなくなって、餓死する。 または、
水分が、摂れず、失水死に至る。 そうです。

人間。 水分の補給が無いと、三日で、死にます。

明治時代の胃ガンなんかは、そのまま、放置されて、衰弱死でした。 そんな
本を、読んでますと、ワシも、いざと成れば、それで行こうかな?


なんて、思ったりするんですが。 いざ、その時は、どうなりますか? 自信
有りませんです。 ハイッ!

でも、放射線と、手術と、抗がん剤は、嫌です。 安保徹先生の本、読んでか
ら、いよいよ、嫌になった。


放射線も、手術も、抗ガン剤も、治るんなら、がまんするよ。 見てると、治
って、ないや、ないか!

寿命、二、三ヶ月、延ばして、何すんねん。 恐ろしい副作用で、ボロボロに
なって、生きてても、仕様がない。


ですが、こればかりは、その時が来なくちゃ、分りません。 心配ですが、
心配してても、詰らないんで。

一句、聞きましょう。 ガン死された、江国滋氏の、死が、間近の、名句です。



おい癌め 酌(く)みかわそうぜ 秋の酒



心に、じんと来る、一句です。 それから、江国先生の、娘さん。 売れっ子
の、作家ですが、お身体には、お気を付け、下さいませ。


 *      *      *


次の段は、とうとう、大団円だ。 お仕舞いだって事だ。 この本も、ガンだ
って事だ! やだ、やだ! やだよ!

一体、誰が、ガンなんて、発明したんだろう? 犯人は、一歩、前へ出ろ!
と、ふざけてみても、ガンは、なくならないしな。 病理の教科書で、写真に

なられた、ガンの患者さんを見ると。 こうは、成りたくねえなああ、と、つ
い、つい、思ってしまう。


人生。 死は、一定(いちじょう)なんや! あらゆるものが、生と死を、繰
り返して、おる。 この本も、また。 始めと、終わりが有る。

かく悟りて、次へ行くと、しよう。 この本の、終わり。 すなわち、この本
の、死ぬ時じゃよ。

毎日。 毎時が。 生まれて、かつ、死んで行く。 永遠の、大地、なのじゃ。




*      *      *



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