*  自分史 製造業系 ( 五十歳までのワシ。 鉄工所三十二年間の想ひ出 )  *   < kujila-books ホームへ帰る >

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第 5 章  *  久治良君の 自分史。

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< ワシの人生は、運命への抵抗戦だ >





もしもだ。兄が生きていたとする。ワシの人生、
どうなってたかを考える。

この HP を読めば、ワシが白洲次郎系だと判るだろ。
その次郎がだ。兄の白洲尚蔵的育児をされた悲劇こそ、
このワシだと思って呉れ。
すなわち母親の過干渉育児だ。

お陰でトンデモ無い人生にされちまったよ。
日本民族の育児下手の被害者、何十万か何百万かは知らねども、
死屍累々は間違い無し。ワシもその屍(しかばね)の一つだナ。

車の運転にさえ免許が要る。まして育児だ。無免許は許されぬ筈。
なのに若奥様、考えも経験も無く、子育て遊ばさる。
長男で失敗して、あっいけないッ。こんな育児は駄目なんだと、
お悟りに成られた暁には、犠牲者が一人、出てる、ちゅう事だ。

ホンマに、育児免許書を取得してのち出産して欲しい。
誠に日本は、育児失敗例の豊かな国ではある。




*     *     *





< 小松の地に、久治良君が生まれた。>


ちょっとふざけて書いてみた。 毛沢東が生まれたわけじゃ無し。 キリ スト様でも、勿論無し。 そんじょそこらの、ただの男の子が生まれただけ。 だけど生んだ方、 前年に長男を死なせたので、ひとかたならぬ喜びだった。 ムコ養子に行った三郎叔父こと 島隆三 と話した折、ワシの兄の死に際、 教えられた。 ジフテリアだったそうな。 敗戦直後だ。 医者へ行くと法外なる医療費、 吹っかけられてナ。 そんな金、払えない。 どうするか? どうする当ても無い。 子供は 治療されず、死んで行った。  その嘆き、その悔しさ、察するに余りある。 昔は、どんな家庭にも、 こんな話のひとつやふたつ、隠されてたものだ。 完全に無傷の家など、珍しかった。 ちなみにその医者、のちに小松市の 名誉市民に成られた。 ご子息らは皆医師に成られ、小松市の医療の中心で活躍なされておる。   *       *       * ワシの母、生き方が下手である。 そんなのが十九の春、男の子五名、 女の子一名、の家の長男へ、嫁入った。 この家、どんな運命の星に支配されてたかは、この本の第二章で書いた。 そんな家の、そんな長男の嫁は、物凄く損なポジションだったと言える。 ましてや、いじわる姑( しゅうとめ )だ。 遺産相続に、この祖母、 ワシの母には、びた一文、残さなかった。 それどころか、末弟の五郎叔父一家。 土地を二つも贈与されたのに、 貰うもの貰ったら、手の平を反して、 婆さん、どこかへ行って呉れ。 その土地、売りたい、と言われて、 流石に愕然。 五郎叔父一家の悪口、ワシの母へ三日間、言い続けた事、第二章に書いた。 つまりワシの母、遺産は、一円も貰えずだったのに、悪口の捨て場にされ たわけだ。 これ生き方の下手の見本である。 ワシの一家、長男なのに、父も母も、 このワシも、祖母の葬儀には行って無い。 あんな婆さんの葬式、行ってたまるか、の気分だった。   *       *       * 父は長男である。 実の母が死んだのである。 普通なら喪主である。 父は喪主に成って呉れの懇請、一切お断り。 兄弟( 妹 )連中、費用は全てこちらで持つ。 名義だけ貸して呉れに も拒絶反応だった。 父の言いたかった事、その前に、遺産相続を、やり直せッ 久治良家( 土田家 )は分裂して行く家系だと書いた。 ワシの祖母 こそ、その分裂の、巨大なる推進者だった。 あの祖母の遺産分配の仕方、我が一族の守り神に、一発、殴られても 文句の言えぬ仕方ではある。 あの世で、どんな顔してるか見たいものだ。 やがてワシは見るだろう。 ワシも祖母を、一発、殴ってやりたい。   *       *       * ワシの父は、兄弟があんなに居たのに、長男の、坊ちゃん育ちの、浮世 離れした感覚の人だった。 父もまた、長男の問題を抱えた人だったのだ。 一面快活な人ではあったが、反面、仕事と趣味の釣りにしか、意識の無い 人だった。 こんな旦那では、母も大変だったろう。 母は、姑にいじめられ、守って呉れるべき亭主、責任を取りたく無い、別 世界の住人。 母はストレスを、何処へぶつけたら良いのだ? その標的にされたのが、すなわちワシだ。 迷惑な話だよ。 母親の 子供への暴力だ。 この暴力だけど、ぶつのも暴力なら、ふんだり蹴( け )ったりも暴力 だし、やたら可愛がるのも、暴力の一種と言える。 ワシの母、この全部、ワシにしたのだ。 金持ちのボクちゃんみたいに べた可愛がりしたかと思いきや、 気に障れば豹変して、ぶつ、つねる、際限の無い暴力。 文字通り、 際限無しの折檻だった。 ワシは母と言うものが、つくづく嫌に成った。 子供が普通に持つ筈の 母への思慕。 ワシには一切、ござんせん。 サトーハチロウーの母の詩。 聞く度、 不快にさえ成る。   *       *       * ワシ本好きだから、万巻の書とは言わんが、数千冊の本は読んだ。 伝記 特に読んだ。 偉人伝の中にだよ、こんな、ワシみたい母子関係の偉人、居たか? 母の 語を耳にすれば、顔しかめるよな偉人、居なかったぜ。 母親の過干渉に負けて、二回も自殺しかかったよな偉人、見た事無い。 そんな人間が、こんな本を公開するなんて、 やっぱ時代やなあ 〜 と、思うね。   *       *       * ワシの母の折檻は、近所の名物だった。 毎日・毎日だよ。 一時間か 二時間だ。 ワシをギャ 〜 ギャ 〜 に泣かさないと、 気が済まぬらしい。 或る日だった。 ワシの泣き叫ぶ声、余りに長いものだから。 近所の         mmmmmmmmmm お母さん、心配して覗きに来た。 母、歪んだ顔を向けて言った。 この子は私が、ちゃんと育てますから、 あなたは、あっちへ行ってて下さい。 毎日・毎日、ワシは母に泣かされていたのだ。 お陰で、つくづくと母 なるものが嫌に成った。   *       *       * サトーハチロウの、お母さんの詩を知ってるか? ワシには、子供が、 普通に持つとされる、お母さんへの思慕( しぼ )、 無いんじゃよ。 だから ハチロウの、お母さんの詩を、初めて聞いた時、 不愉快で、テレビを消して仕舞った。 諸君らは、お母さんの言葉に、如何なる心情が、涌くだろう?  ワシは お母さんの語に、顔が曇る。 伝記・偉人伝を紐解いて見よ。 こんな母親を書いとる偉人伝、見た事 有るか? 例外無く、お母さんへの限り無い感謝と、愛情物語じゃんけ。 ワシは 反対だ。 母の語を耳にすると、努力を放棄して仕舞う。 出来上がった仕事を、 母親の声ひとつで、壊して仕舞う。 こりゃ一体、何じゃ?  まともな母子関係じゃ無いぜ。 こんな育児 の人間が、こんな HP を書いとるなんて、 ある意味、驚異だ。 こんな母子関係の人間は、ドロップアウトして 暗闇に消えるか、自殺するか、 又は、犯罪者に成るか。 とにかく、まともな人生は送れ無い。   *       *       * ワシが今日( こんにち )、こんな暢気に自分史なんか、してられる のは、幾つかの幸運からだ。 それを言おう。 まづ、十歳だった。 この年に、ワシの体力が、母を超えた。 あれは よく晴れた日だった。 ワシ、二階に寝転んで、本を読んで居た。 オシッコがしたい。 ワシ 窓を開け、そこからオシッコした。 ワシのオシッコ、屋根瓦を伝い流下して行ったのだが、樋( とい )が 壊れてたから、放物線で、庭に直接、注いで仕舞った。 布団を干してた母が、傍に居たのだ。 窓からは、屋根の影で見えな かった。 ワシ、用を済まし、寝転んでまた本を読んでたのだ。 階段を、誰かが 恐ろしい勢いで上がって来る。 誰だろ? 思う間も無く、形相を変えた母が現れた。 何か喚( わめ ) きながら、ワシの突進して来た。 あの時ワシは正直、殺されると思った。 必死だった。 生き残る為の 最後の抵抗だった。 ワシは、頭を下げ、突進して来る母の下腹に、体当たりしたのだ。 母は、ううっと声を上げるや、腹を押え、うずくまった。 二時間ほどに思えた。 ワシ、母がこのまま死ぬのかと思った。 二時 間後だった。 ようように顔を上げた母が、ワシに言った。 何と言う恐ろしい子だろ。   *       *       * そうだろうか? そうだろうか? ワシは殺されると思ったのだ。 ま た母に、長い長い折檻を喰わされると思ったのだ。 この日より母はキッパリと、子に暴力を加える役を止め、息子の暴力に 耐える母を演ずるように成った。 その後だ。 人から君、お母さんに暴力を振るってはいかんよと、注意 されたりした。 ワシに言わせれば、その人、母に騙されてるのよ。 又は、母の演技を 見抜けない、節穴の目なのよ。 だけど諸君、一階のトイレへ行くのが邪魔臭い言うて、二階の窓から オシッコするよな少年。 こりゃどう見ても白洲次郎だぜ。 長男の白洲尚蔵では無いぞ。 家の中での母との関係は、以上だ。 現代の様に、母と子が、カプセル 染みた閉鎖空間だったなら、 こんな育児では、子は死んで仕舞う。 殺さなくとも自分から死んで 仕舞う。 ワシも、十五歳は高校の一年だぜ。 それと三十歳の時に、自殺しようと したのに、死ねなかった。 不思議な力が、ワシの自殺を妨害したのだ。 それを順に話す。 だが その前に、少年時代の、家の外での生活を語ろう。 あの子供の世界が、ワシを救ったのだ。 ワシ五十歳、明海大歯学部、 息子ほどの若者に、あの時代の子供の世界や、腕白ガキ大将の話しを しても彼ら、理解せんのだな。 もはや日本からは子供の世界、消滅 だ。 彼らの理解するガキ大将は、子供漫画週刊誌の番長だ。 昔のガキ 大将は、あんなものと違うぜ。 言葉で説明しても、理解されなかった。 たった三十年前まで存在した 子供の世界が、イメージに描けないのだ。 < ワシを救った子供の世界 > 昔の子供の世界と、最近の子供の世界。 違いが幾つか有る。 まづ、だ。 最近の子は、保育所か幼稚園へ行くまでの間、 家の中で家族と過ごす。 家族が交際好きなら、色んな見聞をするだろう。 そんなもの、何も無い家なら、 子供は親だけを見て暮す。 保育所か幼稚園か、とにかく子供は何処かに、はめ込まれる。 子供が 自発的に、あの保育所へ行きたい。 なんて話は、聞いた事が無い。 子供は外圧に依り、何処かへ行くのだ。 大抵は母親が、子の行き先を決めて来る。 子から見りゃあ、外圧だ。 保育所や幼稚園を、覗いて見よ。 あそこはウルトラマンの支配する世界 だ。 嘘だと思うなら喧嘩して見ろ。 先生と言う名のウルトラマンが、すっ飛 んで来るぜ。 マンじゃ無しに ウルトラウ〜マンが来たりしてナ。 それで喧嘩は、瞬間に停止される。 子供は考える必要が無いのだ。 考 えは、ウルトラマンが、して呉れる。 こんな現代の子供世界を、我らの頃の子供世界と比較して見よう。   *       *       * 昔も、幼稚園は有ったけど、子供にとって第一の関心事は、近所の子供世 界だった。 その子供世界、江戸時代よりもっと古い、この世界に子供が居た頃からの 自然発生的な世界なのだ。 現代の幼稚園は、年齢毎の輪切り世界。 昔の子供世界は、年長組が居て、 取り仕切るボス的子供が巾を利かせ、 まあなんだ。 ヤクザ世界の雛形と思えば良い。 新入のネンネ、大抵は お兄さん、お姉さんに手を引かれて仲間入りを果たす。 ワシ自身の経験を言うとだナ。 ある年齢に達すると、誰彼無しに、自然 発生的に、いつの間にか、仲間に成ってた。 ちゅうのが事実だ。 この世界、大人が居らんから、どんな問題も子供で 解決しないと、助けて呉れる者が無い。 この世界には投票なんて無いのに、何となく人望を集めた子供が、指揮官 みたいに成って行く。 新入のネンネ、それを見ながら遊ぶわけだ。 なるほど、あんな感じに 物を言うのか。 なんて学ぶのだ。 それと、もうひとつ、あの子供世界には、仲間外れが居なかった。 町内 の子供、全員集合だった。 あいつは気に入らんから、呼びに行くな、なんて言う子供は、ガキ大将に 殴られた。 おメ 〜 は、汚( きた )ねえ野郎だなあ 〜 。 言われてしまう。 よ って意地でも差別無く、全員に声が掛かった。 子供世界の頭上には、こんな美意識みたい物が、有ったのだ。 それ、今 の子供世界には、キッパリと無い。 だいたい、ああ言う世界を通過した子供は、好きと嫌いの感覚が、未発達 で成長してしまう。 と言うより、もっと別の人間関係の心情に、心を占領されるのだ。 最近の子供は、好き嫌い無しに、近所の子供なら全員集合の経験が無い。 それこそ三歳・四歳のネンネ時代から、 気の合う、好きな仲間だけで集まる。 そんな経験だけの人間なら、異質 な人間に会えば、感情が先に拒絶反応する。 上手く対応出来ない。    *       *       * 東京ばかりでは無い。 日本全国、何処へ行っても同じだ。 町を歩いて 見よ。 一軒一軒の住宅、収容所の如き壁に囲まれて居る。 外界を遮断した、 自分達だけの世界に篭っておる。 あんな住宅、成人した大人には快適でも、育児に適した環境と言い難い。 あんな家の中で、お母さんと家族だけを見て成長すれば、その子の世界観 人生観が、どんな物に成るか、推定出来る。 昔のガキ大将の居た子供世界で、隣りの町の子供世界と張り合ったりする ゾクゾクするよな経験を、たんまり舐めた子供と、 お父さんが成功者で、お母さんが美人で、豪邸の中、美食しか知らず、しっ かり可愛がられた記憶だけの子供とを、 比べて欲しい。 政治家を選ぶ。 一流大学を終えて、エリート官僚を採用する。 世界 企業が、この厳( きび )しい経営環境の中で経営トップを選ぶ。 君なら、どっちの少年期を通過した大人を選ぶ? 今の日本の嘆きは、本当の意味で、面白い少年期を通過した大人の、 絶対的不足だよ。 不足と言うより、ほとんど、そんな大人、居ないのと違う? そんなのが、たまに居てもだよ、その周囲に居る大多数の我ら、ウルトラ マン先生の支配する、幼稚園通過組だからね。 人間の桁が違うのよ。 ワシ、良く言うのだ。 西郷隆盛も坂本竜馬も、 現代日本に生まれれば、 やっぱ、ボクちゃんに、されちまうだろうなって。 西郷隆盛は、若者宿( わかものじゅく )で、何百と言う仲間に囲まれた 世界で、 自然発生的にリーダーに押された男なのだ。 地位も生まれも意味を成さ ぬ。 それこそ人柄の底を愛されて、ああ言う具合に成った男なのだ。 豪邸の中で、お母様に、ペッタリと可愛がられてのご成長じゃ、西郷隆盛 も、馬鹿殿様だぜ。 成績優秀のお坊ちゃまが、医者とか研究者に成りたがるのは、不得手な 人間関係を権威で見下せる分野、らしいからだ。   *       *       * 第三章でも書いたけど、現今の東大合格者に、ガキ大将だった者、何名? 日本の最優秀の若者の少年時代、何してた? お塾通い? お稽古事? お部屋でお勉強? 美人のお母様の、お坊ちゃ ま、してた? そんな幼児期の人間が、東大での成績が良かっただけで、日本の中枢を 管理するのだぜ。 日本は、これを、何とかしないと潰される。 韓国・中国・ロシア、 そしてアメリカに喰い荒される。 冗談抜きに考えないと駄目になる処へ、我ら、来てるのだ   *       *       * < ワシの命は、近所の仲間たちに救われた。> ワシがもし、だ。 母と子の関係だけで成長なら、百パーセント、確実 に自殺してる。 母の干渉は、それ位凄かった。 母は、我が子に、良い事してる積りだか ら、際限が無い。 ワシが反発すると、母は首を傾( かし )げるのだった。 ため息付いて お母さんの気持ちが判って貰えないと、嘆くのだった。 ワシが放( ほ )っといて呉れと頼むと、いよいよ付きまとい、世話を焼 きたがるのだった。 ワシが十歳前後だったと思う。 フト奥の仏間に行くと、母が居た。 お 仏壇の前で泣いて居た。 ワシが背後に居る事も知らず、声に出して言うのだった。 こんな子、もう、要らないわ。 死んで呉れて良いわ。 こんなに逆らってばかりの子、 居なくて良いわ さて諸君、諸君らがもし、だ。 母親が、死んで呉れて良いとつぶやく のを聞いたならば、だ。 どんな気分に成る? どんな反応する? ワシ、それまでにも、この人を母とは、どうしても思えなかった。 そ れがこの日より、 きっぱりと、ありゃあ母じゃ無いと、公言する様に成った。 ワシ今、 六十三歳である。 母、九十三歳である。 この年齢に成ると、若い頃の気分は、達観出来る。 母が、あれ程までにワシを、虐( しいた )げたのは、お舅( しゅうと) からのストレスだと、おのずから理解出来る。 母にとり、この世界で 自由に成る者は、 幼児期のワシしか、居なかったからである。 母がワシに加えた、限界の無い、際限の無い暴力は、自分が生きる為の ガス抜きだったのである。 息子を良くしようとしてるのだ ・ ・ ・ が、母の行為を正当化した。 自分は正しい事してると確信した人間ほど、残酷な者は無い。 異教徒を苦しめ抜く事が、天国に宝を積む事だと確信してる牧師ほど、 残酷な人間が、居ないように。 ワシの母も、それに近かった。   *       *       * 近所に、あの子供の世界が無かったならば、ワシは母に殺されてたと 断言する。 学校から帰る。 カバンを、ポォ 〜 ンと玄関に投げ込むや、ワシらは 遊びに行ったものだ。 その頃は、三歳ほど上の、五十嵐( いがらし )なる腕白がガキ大将だ った。 彼はしかし、いささか乱暴で、人望は薄かった。 それより、ワシと同年 に、五十年後の現在でさえ懐かしい連中が、居た。 たとえば粟生木茂君( あおき しげる )君。 彼は男ばかり三人兄弟の 末っ子で、実に落ち着いた、的確な少年だった。 ワシ、粟生木君言うと、すぐ思い出す、お医者さんゴッコ。 ありゃ何歳 の時だったかしら? とにかく男の子十名、女の子十名。 仲間の家の二階だった。 一人の 女の子、患者さん。 服をスッと脱いで、みんなの前に横たわった。 粟生木君、先生役。 手 に鉛筆を持ち、それを注射器にしたり、探針にしたり。 患者さんを、見事に診察して行くのだ。 粟生木君の名医ぶりは、今もっ て、感銘、置くあたわず  ・ ・ ・ って所だ。 実に、その場に相応しいセリフ、だったのだ。 粟生木君は目立たない男だったけど、子供ながらに、恐ろしく足が、地に 付いてる印象だった。 お父さんは家の壁塗り職人である。 お兄さん二人も、お父さんの弟子、 してた。  さぞかし良い仕事、してただろう。   *       *       * 腕力では大した事無かったけど、東山広次君は、子供達の人望を集める点 で、ガキ大将だった五十嵐君を、越えていた。 ガキ大将は、腕力では成れない。 人望と言うか、我ら子供たちを信服さ せる、何かを備えて無いと、誰も言う事聞かない。 こう言う体験は貴重だぜ。 こう言う体験をして無い秀才が、東大法科を 一番で出た実績を頼りに、 財務省などでエリートすると、社会と人間の機微が判らん。 言ってる事 は正しいが、何かが足りない。   *       *       * 東山君は、何と無く、いつの間にかリーダーに成っているタイプの少年だっ た。 我ら、彼の周りに集まり、 次、何して遊ぼうか? 東山君が言い出すのを待ってたものだ。 ガキ大 将かと言われると、どうもガキ大将らしく無い。 ソフトなガキ大将とでも言って置こう。 ワシ、彼の振る舞いを、何時も 勉強でもする様に見守っていたものだ。 東山広次君、名前から判る如く次男である。 お兄さん、絵に描いた様に 謹厳実直の人。 弟の東山君が陽性で、彼が居るだけで、その場が明るく成るタイプだとす ると、お兄さんは、 我ら子供の群れの外側に居て、かしこまってるよな人だった。 まじめ。 大学出て会社に入るや、社長の秘書に抜擢され、終生、みんなから厚い 信望を寄せられ、つづけたのも合点出来る。 ついでに東山君の弟、三男坊。 すごい兄貴を二人も持ったものだから、 いささか付いて歩くポチ的に成るのも無理は無い。 彼は、お父さんの仕事を継いで、建具師をしとる。 つまり東山君とこの三人兄弟、三人とも全く趣( おもむき )が違う兄弟 だ。 お兄さんは、長男らしいし、次男は、これまた次男っぽい次男だし、三男 は、末っ子っぽい要領の良さだった。   *       *       * これを書くのは、粟生木茂君とこの三人兄弟と、余りに違うからだ。 粟生木君は、三男の末っ子だ。 だけど粟生木君、上二人の兄弟同様に、出しゃばらない。 落ち着いた雰 囲気と態度で、その場を何時も締めて居た。 東山君が日向( ひなた )の少年だとすると、粟生木君は、さしずめ 一息入れる木陰だった。 こんな連中の中に、ワシが居た。 野球をしたり、釣りに行ったり、トン ボを追いかけたりしてた。 独楽( こま )回しは、皆、上手かったナ。 名人みたい少年が居たな。 今だに感心するのは、近所の子供向けの駄菓子屋。 そこのオバサンを相手に、値切る少年が居たんよ。 ワシ、何時も櫻 ( さくら )を仰せつかってナ。 その値切り名人の少年、わしがこう言うから、オメ 〜 は、こう受けろ。 口裏合わせの指図だよ。 いやああ 〜 、値切り方の上手い事。 駄菓子屋のおばん、手玉に取る んよ。 あいつが大人に成ったら、どんな生き方をするんだろ?   *       *       * と、まあ、あの少年達の群れの中に居れたから、ワシ、今日( こんにち ) 生きて居れるのだと、心底思う。 最近の、親の過干渉に曝( さら )されてる子供。 ( たいてい長男 ) 親と子の、密室の中での過干渉だろ。 救いが無い。 母親の問題だけが意識の全体で、違う世界の経験が無いから、違う視点か ら見るなんて、考え付かない。 母親の過保護、過干渉も、されてる子供からは、一種のカルトだよ。 カ ルト、言うのは、ある考えに完全占領された精神状態だ。 子供が自殺したり、反対に親を殺したりするまで、過保護・過干渉するの だから、 こりゃもう、カルトですよ。   *       *       * 読者諸君、心得て欲しい。 このワシも母親の過保護・過干渉に追い詰め られて、危うく自殺未遂、二回だよ。 最初、十五歳。 高校一年の六月だった。 二階の奥の間で、首吊り自殺 を敢行したのよ。 首吊りした経験の人、判ると思うけど、痛み苦しみ全く有りません。 た だし、この首吊り、 警察用語で言う、非定型的縊死( いし )ってえ奴だよ。 全身でぶら下 るのは、定型的縊死だ。 非定型的縊死は、床に尻を付け、壁なり柱なりに背を付けた形で首を釣る。 ロープを調節して、尻が握りこぶし一個分、浮けば良いのだ。 縊死ってえ奴は、ロープが首の頚動脈を圧迫すれば、それで良い。 全身 でぶら下るタイプの首吊りは、不要なのだ。 ありゃ、痛いし苦しい。 死後も体重で首の頚骨が伸びちまう。 みっと も無い事、おびただしい。 ワシの試みた 非定型的縊死が、合理的である。 どうしても首を吊りた い方、是非参考に願う。   *       *       * 首吊って暫くすると、視界が真っ赤に充血する。 意識はまだ明瞭だ。 これは脳への血流が、阻害されて起こってるのだ。 このままにしとくと、意識が混濁して仮死状態に成る。 その、ほんの 手前だった。 階段を踏んで、誰かがこっちへ来る。 ワシ、ハッとして腕を伸ばし、 ロープを手繰( たぐ )り、立ち上がった。 いそいでロープを隠すのと、ふすまが開いて父が顔を出すのと、同時 だった。 父、顔だけ出して、おう、勉強しとるか  だけ言うと、 階段を降りて行った。 父、人生の後にも先にも、二階のワシの部屋へ来たの、この時一回だけ。 ワシ、余りの不思議に、聞いたのだ。 あの時、何の用で二階へ来たの? しかし父は、二階へ来た事さえ、記憶 して無かった。 これは奇跡か? はたまた偶然か?   *       *       * 二回目は三十歳だ。 またもや母の干渉に耐えかねて、死ぬしか無いと 思い詰めてな。 身辺整理、したのだ。 あなたのお母さん、どんな干渉をしたのですか? 聞かれた事ある。 例えばだ。 代表的な例をひとつ。 マジメに仕事してるから、お見合いの話しなど有るだろ。 母、全部 断わってしまう。 仲人が母を飛び越えて、ワシに直接言ったりすると大変だ。 ヒステ リィー起して手が付けられ無い。 ある時、言われた。 あなたは、あのお母さんが居る限り結婚出来ません。 お母さんを無視して結婚しても、 あのお母さんだと、嫁さんを、追い出してしまいますよ。 言われなくとも覚悟しとる。 こればかりでは無かったのだ。 生活の あらゆる分野で、母の目が、絶えずワシを見とる。 神経が、おかしく成って来た。 三十歳は血気盛んな時だ。 こんな精神状態事態に墜落して、切羽詰まる と、経験が乏しいから、視野が狭窄( きょうさく )してカッと成り、 母を殺したり、逆に自分を殺したり、仕かねない。 ワシの場合は、だ。 自分を殺す方向に傾斜した。   *       *       * 身辺を整理してナ。 明日こそは死出の旅に赴( おもむ )かんと、悲壮 なる気分だったよ。 そこへ工場の近所のお婆さん、話の判る人が居ますから、一度会って見ま せんか? 新興宗教ですか? いいえ違います。 とにかく良い人ですから、会って お話して下さい。 必ず人生にプラスですよ。 ワシ今も、このお婆さん、天使か、又は諸天善神( しょてんぜんじん ) では、なかろかと思とる。 何の縁でワシを訪ねたのか? 明日こそは、死出の旅と、心に決めてた ワシに、何故に、こんなお婆さんが訪ねて来るのか? 奇跡だろうか? 単なる偶然か?   *       *       * ワシ、これまでの人生に、次の日自殺した人、三名に会っておる。 いづ れの方も女性だった。 最初は二十三歳だ。 仕事を終えた夕暮れだった。 工場から出ると人の 気配。 薄暗がりの中、工場の壁に背中を持たせた近所の女の子だった。 おりゃ りゃ、君、そんなとこで何してるの? 女の子、ゆるゆると立つと尻を払い、ワシの前から無言で歩み去った。 その姿、消えるまで、ワシ見送ってた。 次の日、女の子自殺。 中学二年である。 何が有ったのか知る由 ( よし )も無いが、 とにかく死んで仕舞った。   *       *       * 次は二十七歳だ。 青年の船なる企画に選ばれてナ。 東海四県は 三重県・岐阜県・愛知県・静岡県だ。 ワシの組の女の子、二十歳だった。 フイリピンのマニラ見学の前日だっ た。 船のデッキからマニラ湾へ投身自殺。 幸運にもサメの食害を免れて、遺体は収容された。 その前日だ。 明日のマニラ上陸の説明会だった。 その女の子、ワシの 前に座ってた。 様子がおかしい。 思い詰めとる。 まさか死ぬとは思わなんだが、切羽詰った気分、感じられた。 それでワシ、 説明会の後、嫌がる彼女、無理矢理ワシらの会合へ連れてったのだ。 青年会議所の主催だから、メンバーが一人づつ、会合に参加する。 ワシら のリーダー、岐阜は高山、ダンボール製造会社の社長だ。 青年会議所だから四十前だ。 出来た男でナ。 あの人なら彼女の悩み 理解する。 彼女、ワァ 〜 ッと泣き出す。 そこで一種のカタルシス。 彼女の思い詰めた気持ち、解除される。 と、 ワシは踏んだのだ。   *       *       * 書いてて不思議だ。 ワシの三十歳、死を覚悟した時と似て無いか? あの時は近所の婆さんだった。 その三年前、ワシが婆さん役だったのだ。 ところが、だ。 邪魔が入ったのだ。 タンス屋の社員だった。 関係の 無い女の子、何で連れて来たのかと、ワシに喧嘩腰で言うた。 そうじゃ無い。 これは彼女の切羽詰った気分の解除なのだ ・ ・ ・ と 弁明する間に、 彼女、わたし行きます。 言うて、走り去った。 ワシ、議論中段して追い掛けた。 だけど無駄だった。 彼女、凄い速さ で逃げ、一番最初の階段を、 飛び降りる如く降( くだ )って行った。 後姿、今も目に残る。 世の 中の全てから逃げたい気分の背中だった。 次の日の朝だった。 船内放送、○○さん、至急ご自分の船室にお戻り下 さい。 聞いた瞬間。 ワシ、ああ彼女、死んだナ。 とつぶやいた。   *       *       * 思うに、あの時だ。 タンス屋の社員に、少しの雅量でも有れば、彼女、 助かってたかも知れぬ。 これは書いていけない事かも知れぬが、名古屋港に帰還した我ら、帰路 彼女の家に、お焼香に寄った。 ご家族、会社の社宅に住んで居られた。 ご家庭。 何か言葉をはばか る様な雰囲気。 マジメそうなお父さんだったけど、マジメ過ぎて、話の出来ない感じ した。 これ、書いてはいけない事かも知れぬが ・ ・ ・ 彼女、何かを思い詰めたのではなかったか? 二十歳。 一番多感な 季節だよ。 彼女は死んだ。 ワシは死ななかった。 この差、何だろう?   *       *       * 三人目は、前の二人から見れば、笑えるかも。 工場の近所、定年した 旦那、肺ガンで死んだ。 葬式の一ヶ月後だ。 この奥さん、後追い自殺。 その決行日の前日 だった。 ワシ、仕事で外出した。 工場を出て直ぐだ。 畑仕事のお母さんと パッタリ、目が合った。 ワシ、頭をピョコンと下げて、ご挨拶。 お母さん、何とも言えぬ表情で ワシを見返したのみ。 ワシ、工場へ帰って父に言うた。 ○○さんとこのお母さん、明日にも 首吊りしそうな顔でワシを見たよ。 そしたら本当に自殺した。 ただし、だよ。 死に場所が良く無い。 自殺で有名な、福井県は、三国の東尋坊だ。 自殺を志す方々に申し上 げる。 あんな馬鹿な場所で、身投げするなよッ あそこは岩場だぞ。 自然の岩場、ビルの壁面みたいに真っ直ぐで無い。 段々になっとる。 身投げしたら必ず、下の岩場にぶつかる。 かっこ良く海へドブンなら、まだ我慢出来る。 岩場に身をぶつけ、 血みどろになって引っ掛かるのが、落ちだぞ。 三国の東尋坊なんかで身投げする奴は、世間知らずだッ。 素人だッ どうしても死にたい方、ワシが試みたみたい、非定型的縊死が、好まし。 東尋坊で身投げなんて、最悪だよ。 岩場にぶつかり、グチャグチャの血みどろだぞッ *********************************************************************** ワシは二度も、自殺の瀬戸際を体験しながら生きてるし、青年の船の A 子さんは、タンス屋の社員が邪魔しなければ、 生きてたと思う。 この差、誰が決めるのだろう? ワシは自身の生を、 不思議に思う日も有る。 時々は、あの時死んでた方が良かったと、悔やんだりもする。 ワシは 何をする為に救われたのだろう? こんな本を書く為か? そりゃ無いだろう。 では、何をさせようとして 天は我を救ったのか?   *       *       * ワシと母の、過保護と過干渉の力学を知れば、久治良を殺すに、刃物は 要らぬのだ。 ワシと母を、密着させとけば良い。 母がワシを、完璧に殺して呉れる。 一番マズイ作戦は、ワシを攻撃する事だ。 そんな事したら、ワシに内在した母への怒り、貰( もら )っちゃうぞ。 その一番、しては、いけない作戦を、二度目の自殺を救って呉れた、病院 の事務長夫婦が、して仕舞ったと言う話、次章でする。 その前に、ワシの人生の前半を再見して、諸君の役に立ちそうな話題を 書いて見る。




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